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不気味なテレビCMと役員

2009718

宇佐美 保

 私は、民放テレビは、「報道ステーション」などニュース系の番組以外の殆ど見ませんが、それらの番組内でのCM放映中は、他のチャンネルに切り替えます。

ですから、殆どのテレビCMを私は見ていないことになりますが、それでも、切り替えてチャンネルでもCMが放映されている事が多々あります。

 

 そんな時に、嫌がる私の目の中に強引に飛び込んでくる不気味なCMがあります。

 

 それは、テレビ一面に、緑や黄色や青、その上、赤いタイヤの跡が描かれます。

特に赤いタイアの跡の場合には、車体にまでその赤色が血のように飛び散ります。

 

 まるで、ひき逃げして逃げてゆく車のタイアの後でも映しているのかとさえ思えます。

赤色が出る前には、まるで、内臓をひき潰して走るタイアの跡のようです。

(私には、轢き逃げというより、故意に、何度も何度も繰り返して轢いているように思えてなりません)

 

 何故このようなCMがテレビに映されるでしょうか?

 

 私は、車に興味がないので、このCMうを流しているメーカー名が分かりません。

輪が横に4つ連結しているマークだったような気がしますが、定かではありません。

 

 更に、同じマークの車だったと記憶しているのですが、随分前に流されていたCMでは、カラスがクルミの殻を車に割ってもらおうと、道に置くと、車のタイヤは見事にそのクルミを避けて通り過ぎます。

 そして、カラスをあざ笑うかのような、運転者の、にんまりとした顔つきが映し出されます。

 

 私はその運転者(勿論CM)が嫌いでした。

何故、カラスの思いを適えてあげないのだろう?

カラスのためにクルミの殻を巧みなハンドル捌きで割ってあげればよいではないか!と思わずに入られませんでした。

(せめて、このバージョンも先のバージョンと共に流して貰えたらと思わずにいられませんでした)

 

 それから、別に不愉快なCMもありました。

88鍵あるピアノを1つの鍵以外を全て覆ってしまい、その露出している1つの鍵盤だけを叩き続ける人が、大勢(他の人用には別の鍵盤が露出)映し出されて、全体として音楽を奏でると言うCMです。

多くの人達がまるで一つの部品(一つの鍵盤)のように扱われています。

(ピアノではなく、ギターのバージョンもあったと記憶しています)

このようなCMに対して、“人間を部品のように扱うな!”とのクレームはなかったのでしょうか?

(その結果?最近では、派遣労働者の方々が機械部品のように扱われています)

 

 このCMの前には、何か思い付いた時に、メモ用紙などがなかったのでしょうか?

前に座っている人の禿げ頭(それとも白い襟でしたかしら?)にメモを書き付けていました。

(私もメモをとって置けばよかったのですが、もう記憶が朦朧としてしまいました)

とても不愉快に感じました。

何も他人の所に書かずとも、自分の白い綺麗なカフスにでも書けばよいのに!と思っていました。

 

 

 テレビCMは奇を衒って(てらって)注目を浴びれば良い!では済まないと思います。

ある程度の節度が保たれるべきです。

 

 節度と言えば、何年も前になりますが、「インスタントお茶漬けの素」を用いた御茶漬けを、若者がズルズルと音を立てながらその食べているCMが流されていました。

そのCMが流された当初は、広告評論家(?)の天野祐吉氏は、(朝日新聞の「広告批評」と言うコラムで)その食べ方の品の無さを非難されていたと存じます。

ところが、暫くすると、視聴者の方から、そのCMのように御茶漬けを食べたいとの賛意がテレビ局などに寄せられたとかで、天野氏はそのCM非難を止め、エールを送る側に変わってしまわれたように記憶しています。

 

 私は、最初に見て以来現在まで一貫して、そのCMが嫌いです。

「ズルズルと音を立て食べる」のが好きなら、自分一人の時に行うべきで、他人と一緒の時は慎むべきであり、まして、テレビのCMでは、どんなに視聴者の受けが良くても控える節度が必要と存じます。

(節度とは、歯止めでしょう。私達は、残念ながら、歯止めがなくなると、ズルズルと品を落としてゆくことになります)

 

 その節度は、少なくともCMを依頼する側の企業の役員達が負うべきです。

CMは若者の完成に委ねよう、私達年寄りが口を出すべきではない”では無責任です。

 

 

 『すぐれた舞台芸術を提供するとともにその向上をはかり、わが国の芸術文化の振興に寄与する』ことを事業目的とし、弘世現氏(日本生命第5代社長)は、「日生劇場」を設立されました。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』さを参照させて頂きました)

 

そして、その劇場のこけら落とし公演(ベルリン・ドイツ・オペラ)を楽しませて頂きました。

 

又、テレビ朝日の「題名のない音楽会」は、番組提供企業の「出光興産株式会社」の“美術や音楽を中心に、地域社会に根ざした様々な社会貢献活動を展開する”の理念の下で、視聴率云々することなく、昭和39年以来放映し続けられていいます。

番組のホームページ参照)

(私も、一度その番組の恩恵を受けさせて頂きました)

 

 ですから、企業の役員達は、企業の金銭的な業績を上げるだけでなく、企業の社会的な責任を果たすように努力して頂きたいと私は思い続けています。

 

 

 とこらが、多くの企業の役員の方々は、「企業の金銭的な業績」(即ち、テレビCM、番組の視聴率重視)にのみ現を抜かして、その金銭的な成果として、多額の報酬を得られておられているようです。

 

 例えば、AERA2009713日号)「役員報酬はこんなに高い」には、次の記述を見ます。

 

 623日、横浜市で日産自動車の帝王稔会が開かれた。08年度、10人の取締役に支払われた総額258100万円の報酬について、意見が出た。

「庶民の感情からして高額すぎる」

 日産は003月期の純損益で2337億円の赤字を計上。期末配当ゼロに陥った。

 ゴーン社長が自ら、弁明に立つた。

「今回報告した報酬は07年度の業績をもとに決められた。08年年度は悪かったから、09年度は大幅に下がる」

 

 

 「08年度、10人の取締役に支払われた総額258100万円の報酬」と言うことは、取締役一人当たりの報酬が、約26千万円となります。

ゴーン社長の弁明(前年度業績が良かったから)が罷り通ったとしても、余りにも取り過ぎでしょう。

 

 その上、そのゴーン社長の弁明は単なる自己弁護でしかありません。

07年度の業績」が良くても、「08年年度は悪かった」では、「07年度の業績」は結果的にはその年だけの業績であって、次の年への業績につなげる事が出来なかったのですから、企業役員としての「07年度の業績」は悪かったと認識すべきです。

 

 

 今回の不況が「百年に一度」と天災の如く吹聴して、責任逃れをする方が多いようですが、「住宅価格上昇率が2006年に入って以降急速に鈍化すると、予測されたことだが、サブプライムローンの延滞率が目立って上昇を始めた。2006年末に住宅ローン全体の約13%を占めるサブプライムローンにおいて利払いが3か月以上滞る延滞率が13%を超えた。」とフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にも記述されています。

 

「サブプライムローン」の危険性は、経営者側は当然予測していなくてはなりませんでした。

「アメリカがクシャミをしたら、日本は風邪を引く」と言われていたのですから尚更です。

なのに、このような事実を予見も出来なかった経営者達が高給を懐にし、不況の皺寄せを派遣労働者たちに押し付けるのは、余りにも経営者としての品格に欠けると言わざるを得ません。

 

 

 日本のトップの方々は、「品性」を捨て、「金銭の亡者」に成り下がってしまわれたようです。

悲しい事です。

 

 

 

(補足)

 車のCMの画面で気になる事があります。

車体が前進している時に、タイヤは後ろ向きに回転している場面が多々あることです。

この現象は、映画もテレビも駒送りしていることに起因しているのですから、撮影時に車の速度をより早く(或いは遅く)したりすれば避けられる現象の筈です。

(映画と違って、ビデオで撮影しているなら、その場でモニタリングしていれば、容易に回避できる現象だと思います)

 

 撮影後でも、編集の際にCGを使ってでも修正しようと思えば修正できるのではありませんか!?

 

 なんだか、車が経営者(高給を取って前へ前へと進む)で、タイヤが労働者(報酬がどんどん減額され後退し続ける)を象徴しているようにも見えます。

 

 こんなCMを流し続ける経営者に経営者たる資格があるのでしょうか!?

悲しい事です。

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